東京地方裁判所 平成7年(刑わ)2213号 判決 1996年2月07日
主文
被告人を懲役一年一〇月に処する。
未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は
第一 平成七年一〇月二二日午後五時一五分ころ、東京都中野区《番地略》所在の株式会社甲野ストア「中野甲野」地下一階食料品売場において、たらこ一パック(時価約四三二円)を窃取し
第二 その直後、同店前路上において、右犯行を現認した同店で盗難防止の職務に当たっていた警備会社社員A子(当時五五歳)に呼び止められ「おじさん、まだ会計が終わってないでしょう。始めから見ていたんですよ。」などと詰問されたことに憤激し、「てめえこの野郎、俺に因縁をつける気か。俺もヤクザだ、ただじゃすまねえぞ。」などと怒鳴りながら、同女の着衣をつかんで振り回すなどして路上に転倒させた上、うつぶせに倒れた同女に馬乗りとなり、その頚部を両手で絞めつけるなどの暴行を加え
たものである。
(証拠の標目)《略》
(事後強盗の訴因に代えて窃盗及び暴行を認定した理由)
本件公訴事実は、「被告人は、平成七年一〇月二二日午後五時一五分ころ、東京都中野区《番地略》所在株式会社甲野ストア『中野甲野』地下一階食料品売場において、同店店長B管理にかかるたらこ一パック(時価四三二円相当)を窃取したが、同店前路上において、右犯行を発見した同店保安係A子(当時五五歳)に呼び止められるや、同女に対し、逮捕を免れるため、同女の着衣を掴んで振り回すなどして路上に転倒させた上、同女に馬乗りとなり、その頚部を絞めつけるなどの暴行を加えたものである。」というものである。
前掲証拠によれば、被告人は、判示のとおり、平成七年一〇月二二日午後五時一五分ころ、「中野甲野」地下一階食料品売場において、たらこ一パックを窃取し、これを所持していた紙袋内に入れて、レジを通ることなく、出入口を経て同売場外のエスカレーターに乗り、同店前路上に出たところ、右行為を現認していた同店内で監視業務に当たっていた警備会社社員A子から、「おじさん、まだ会計が終わっていないでしょう。」と万引きを注意され、「俺は何もしていない。」旨答えたが、同女から「始めから見ていたんですよ。」と言われるや、「てめえこの野郎、俺に因縁をつける気か。」などと怒鳴りながら、同女の着衣を掴み「俺もヤクザだ。タダじゃすまねえぞ、警察に突き出すぞ。」などと怒鳴りながら振り回し、その場にうつ伏せに倒れた同女に馬乗りとなり、「許さないぞ。」などと叫びながら、両手で同女の首を絞めつけるなどの暴行を加えた事実が認められる。
被告人は、捜査段階において、同女から声をかけられた際、相手が女性であったことから、たらこを取り返されないように倒して逃げようと思ったとの事後強盗を認める旨の供述をする一方、同女に注意され、えり首を捕まれて倒されたことから頭に来ていた旨の供述もしているところである。被告人は、当公判廷においては、抵抗したり、暴言を吐いたのも捕まりたくなかったからではなく、カッとしたためであり、逃げ隠れするつもりはなかった旨供述している。
被告人は、当時所持金が三七八円で、当日の夕食としては前日コンビニエンス・ストアーから拾ってきた白米しかなく、そのおかずに好物のたらこを万引きしたもので、そのための紙袋を用意するなど計画的に犯行に及んでいることからすると、万引きを指摘され、これを返還させられることに強い抵抗感があったのではないかと推測されるが、一方、被告人の供述を総合すると、被害者が私服の女性であり、店の従業員ないし警備担当者とは考えていなかったことが認められ、強く詰問されたことに立腹して犯行に及んだことが窺われ、被害者の着衣を掴んだところ、同女から「もういいですから行って下さい。」と言われたにもかかわらず、暴行に及び、その場に同女がうつ伏せに倒れた後は、その上に馬乗りとなりながら、その首を両手で絞め続け、結局その場にかけつけた同店の男性店員二名によって取り押さえられるまで暴行を続けていたものであり、右経緯からすれば、被告人の暴行は、もっぱら、女性から万引きを指摘され、詰問されたことに対する立腹に出たものとの疑いが強く、事後強盗にいう財物の取還を防ぎ、あるいは逮捕を免れるためであると断定するには疑問が残るというほかはない。
そこで、被告人に対しては、窃盗と暴行の限度でその責任を問うのが相当である。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法二三五条に、判示第二の所為は同法二〇八条にそれぞれ該当するところ、判示第二の罪については所定刑中懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一一〇月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
被告人は、判示のとおり、スーパーマーケットでたらこ一パックを窃取した上、その行為を女性から詰問されたことに立腹し、同女に暴行を加えたもので、その態様も執拗であり、犯情は悪質である。被告人は、多年浮浪者として生活し、平成七年三月無銭飲食により懲役一年、三年間執行猶予の判決を受けたにもかかわらず、その僅か半年後に本件に及んだものであり、再犯のおそれも否定しがたく、その責任は重いと認められる。他方、判示第一の財産的被害は軽微である上、被告人は激情のまま暴行を加えたことを反省していると認められ、これまで服役した経験はなく、前記の執行猶予も取り消されることなどを考慮して主文のとおり量刑する。
(裁判官 竹崎博允)